「林市兵衛」
その名をご存じの向きは、どれだけあるだろうか? 実は名古屋が製造業のメッカとして発展する上での大きな功労者である。
「ボンボン時計」といわれても何のことかわからないかもしれないが、振り子が左右に振れながら、時刻が来たらボーンボーンと伝えてくれる、あの懐かしい掛け時計のことである。このボンボン時計は、明治初年にはアメリカ製ばかり輸入されていたが、これを日本で初めて国産化したのが林市兵衛だ。
名古屋には、尾張藩の時代から、津田助左衛門という御用達時計師がいた。家康が外国から贈られた時計の修理にあたったのが津田助左衛門で、それ以来、御用達になった。
そんな土地柄の名古屋で、林市兵衛はアメリカ製の掛け時計の輸入販売業に乗り出した。創業の地は本町であった。市兵衛は単なる輸入には飽きたらず、自ら製造を志し、悪戦苦闘を続けた末に国産化に成功した。
明治20年(1887)、時勢社を設立し、「日ノ出鶴印」という商標で売り出した。工場は、杉ノ町(現・東区泉1丁目)に移した。
事業は順調に発展し、明治24年には松山町(現・東区東桜2丁目)に工場を設け、蒸気機関を据え付けて動力とするなど近代的な設備を整えた。
明治44年には、資本金5万円で、林時計株式会社を設立した。
この市兵衛の成功は、他の商人にも良い刺激を与えた。市内には時計製造に乗り出すところが相次ぎ、明治時代には時計製造所が15、6カ所もあったという。おかげで名古屋は、国産の掛け時計の半分以上を製造するという時計のメッカに躍り上がった。
この林市兵衛につらなる会社は、現代では残っていない。だが、市兵衛の残した功績は大きい。木材加工と精密機械加工を組み合わせた時計という事業は、その後、もの造りのルーツとなるのである。
鉄道車両だって、もともとは木製の馬車で、いってみれば“デカイ家具”だったが、それが発展して新幹線になった。飛行機だって、もともとは木製だった。そのような技術のベースのうえに自動車産業も成立しているのである。〔参考文献『明治・名古屋の顔』(服部鉦太郎 六法出版社)〕
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