大正9年(1920)は、第一次世界大戦後の恐慌に突入した年であった。後に「大正9年の大ガラ」として今日に言い伝えられるほど、恐慌の嵐が吹き荒れ、各社、各業界に爪痕を残した。どんな状況だったのか、時系列に沿ってみてみたい。
◆3月15日、株式市場が大暴落する
東京株式市場は大暴落した。東京市場は翌16・17日と2日間立会停止を余儀なくされた。名古屋株式取引所も16日午後の立会を臨時休会した。
名古屋市内でも倒産が相次ぎ、失業者が続出し、市民の生活不安を高めた。雇用問題対策の必要を感じていた市は、2月の市会で中区西洲崎町に職業紹介所を建設することを決めていたが、その完成を待てないということで、市役所・区役所で臨時の職業紹介事業を始めた。10月には西洲崎町の職業紹介所が完成したが、手狭になり、13年には同区西日置町に移転改築するとともに、熱田駅前にもう1棟職業紹介所を建設することになった。
◆4月7日、大阪の増田ビルブローカー銀行が支払いを停止した。これらをきっかけに、恐慌は、金融界はもとより生糸、綿糸、米穀などの商品相場にまで波及し、市場は未曽有の恐慌に陥った。名古屋株式取引所は4月7日午後、臨時休業した。12日まで立会停止。さらに、4月15日より5月9日まで立会停止となった。
大暴落の対象となった分野は、株式、商品の定期市場はもちろん、ほとんどあらゆる商品に及んだ。その市価の反落は主要商品で55%から75%、主要株式は56%から82%に及ぶという激甚なものであった。すなわち、そのすべてが半値以下になり、甚だしきは5分の1以下になった。メリヤス業者のごときは、各地方の当業者いずれも、綿糸の買約および製品約定等、商道徳を破り、約束不履行に陥り、大損害を被った。
◆4月10日、日本銀行が経済界救済の非常貸出を声明した。
◆4月12日、銀行取り付けがついに勃発し、経済界は最悪の状態に陥った。
◆4月14日、東京と大阪では、株価暴落のため東西の株式取引所が立会停止となった。
◆5月24日、恐慌の波がようやく鎮まりかけた頃、横浜の大貿易商茂木商店の機関銀行で、生糸金融に特別関係が深い七十四銀行が支払いを停止した。当銀行は、当時としては大銀行の部に属していた。ここに、第3次の恐慌の波が荒れ始めた。
6月、アメリカ経済は悪化し始めた。当初は、景気後退程度に考えられる傾向がなお強かった。だが、7月から9月にかけて、いよいよ戦後景気の世界的反動たる様相が顕著になった。その影響は、世界の物価暴落、輸出不振の形で我が国の経済界に波及し、ここに第4次反動の波乱を呈示することになった。
アメリカ経済の悪化の悪影響をまともに受けたのは、生糸だった。生糸は対米輸出を中心とする国際商品だったので、アメリカ経済の急激な落ち込みは、生糸の相場を暴落させ、蚕糸界は収拾すべからざる危局に陥った。
大正9年の最高値と最低値とを比較すると、商品相場は、生糸75%、綿糸63%となった。バブル相場の中で信用買いしていた人も多かったので、大きな打撃を被った先が少なくなかった。
このように大正9年は、4つの大きな波がある長期的恐慌になった。まさに「山高ければ谷深し」という言葉を思い知らせるものだった。
日本銀行総裁であった井上準之助は、後日、これを描写して、次のごとく記している。
「大正9年(財界反動)の時は日本全国一時暗黒になったのであります。それでどうであったかと云ふと、総ての取引所と云ふものは皆停止しました。株式取引所を始め、苟(いやしく)も売買する市場と云ふものは総て閉鎖してしまひました。それから綿糸とか、生糸とか、地方の機業とか云ふやうなものは、皆仕事を廃めて閉鎖して数十日の間は何もせずに、唯々茫然として天も仰がなかったかも知れぬが、下を俯(うつむ)いて情ない顔をして居った訳であります。さう云ふ有様で、殆どもう其の時は……経済界に身を置く人ばかりではないのです、日本全国の人が殆ど此の恐慌に関係して居る為に、非常な暗黒な時代がそこに現出したのであります」(『戦後に於ける我国の経済及金融』井上準之助)
この恐慌のおかげで、大戦中にはびこった戦争成り金たちは破産に追い込まれ、元の歩に戻った。その結果、新興財閥の大部分が没落し、三井、三菱、住友等の旧財閥の寡頭的覇権が確立した。
名古屋の歴史ある会社の社史を読むと、当時の惨状がつぶさに記されている。『瀧定百三十年史』には「大正8年度には驚異的な数字を計上したが、大正9年3月のパニックにて痛手を蒙った。大正9年度の各店営業損失は合計140万円を計上したが、10年1月期に有価証券、不動産の評価益99万7千円を計上して一応解消した」とある。
〔参考文献『大正昭和財界変動史上巻』『戦後に於ける我国の経済及金融』『瀧定百三十年史』〕
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