この年は、安井ミシン商会(現・ブラザー工業)が創業した。創業者は安井兼吉という。兼吉は熱田の砲兵工廠(軍事工場)の技術者だったが、熱田区伝馬町で、ミシンの修理販売を始めた。
兼吉は病弱であったため、長男の正義が父を補佐し、16歳の時にはミシンの修理工としての技術を身に付けていた。だが、正義は10代にして経済の荒波に直面することになった。第一次世界大戦後に、反動不況になり、新しい技術を身につけるため正義は就職活動を諦め、ミシンの事業化を目指すことにした。この時の体験が「働きたい人に仕事を作る」という創業の精神の一つになっていく。
兼吉は、大正12年(1923)には隠居し、大正14年に亡くなってしまった。正義は、明治37年(1904)生まれだったので、大正14年に継いだ時は21歳だった。
正義は、商号を「安井ミシン兄弟商会」に変更した。安井兄弟が目指したのは、ミシンの国産化だった。当時、日本国内で出回っていたミシンは、アメリカのシンガー製など舶来品が中心だった。安井兄弟は、製品開発や改良に励みながら、昭和3年(1928)に麦わら帽子を製造する環縫ミシンを発売した。この時に商標を「brother」にした。
そして昭和7年に家庭用ミシンの国産化に成功した。正義28歳のことだった。それを本格的に事業化するために、昭和9年に株式会社に改組することとして「日本ミシン製造株式会社」を設立した。それが後のブラザー工業である。
正義は平成2年(1990)に亡くなった。86歳だった。〔参考文献『ブラザーの「一世紀」ともに歩んだ100年の軌跡』〕
Copyright(c) 2013 (株)北見式賃金研究所/社会保険労務士法人北見事務所 All Rights Reserved
〒452-0805 愛知県名古屋市西区市場木町478番地
TEL 052-505-6237 FAX 052-505-6274