いとう呉服店は慶応2年(1866)、祐良が隠退し、その後は子の祐昌が家督を相続し、十四代目の当主になった。祐昌はその時20歳であった。
祐昌は、幕末の動乱期を堅実な手腕で乗り切るとともに、明治期に呉服店を発展させた。また名古屋商工会議所の初代会頭を務めるなど、地元の財界で主導的な役割を果たすことになる。
そして祐昌の子祐民は、いとう呉服店を百貨店に飛躍させることになる。[参考文献『名古屋商人史』(林董一 中部経済新聞社)]
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